日高郁人のオフィシャルブログ 【ションタスティック 日高郁人】 powered by ZERO1

ZERO1

2010年02月10日

吉川祐太物語。

20100209005745.jpg20100209005807.jpg昨日、吉川祐太がリングを去った。

最後は全てを出し尽くして大の字になって、ゴングを聞いた。
文字通り完全燃焼だった。


2003年のある日、B−CLUBの会員で教え子の一人だった吉川に「相談があるのですが」と呼び出された。
石川屋のカウンター席で吉川はまっすぐに僕を見つめ「日高さんの弟子にして下さい。日高さんの元でプロレスラーになりたいです」と言ってきた。


当時一フリー選手だった僕はその申し出を断った。一から新弟子をしてプロレスラーになって欲しいと伝えた。

あの日から随分ときが流れ昨日を迎えた。

大会が実現するまでに幾多の人間模様があった。
澤の吉川に対する友情の集大成のような大会だった。
「もう試合はしない」という吉川を澤が何度も説得に当たった。澤から相談を受けた「辞める理由は吉川らしくて何も言うことはないけど、ファンの皆さんに対するけじめを」と話し、「オレはやるよ」と告げた。



「僕はプロレスラー吉川祐太に何をしてやれたのか?」

この日を迎えるまでそんな自問自答が僕にはあった。

序盤、僕がエスケープを奪った離れ際、吉川が下から蹴ってきた。「ロープブレイクだからといって離れ際に絶対気を抜くな」と以前教えた。
僕は心の中で微笑んだ。


試合後、吉川があの日と変わらないまっすぐな眼で僕と澤を見ながら立ち上がってきた。

その眼を見ていると涙が溢れてきた。

抱き合ったときやっぱり僕は「何もしてやれなくてごめんな」としか言えなかった。
最後の張り手で鼓膜が破れた僕には吉川の声はよく聞き取れなかった。


今日吉川から連絡が来た。


『日高さんがおっしゃった通り「またリングに上がりたい」と思わないくらい「吉川祐太の完全燃焼」ができました。

「何もしてやれなかったけど」とおっしゃっていましたが、そんなことはありません。

最初から最後まで本当にありがとうございました。

日高さんに憧れてプロレスラーになり、たくさんの人に支えられて僕は幸せです。』


僕は近年涙腺が緩くなった。


ありがとう、吉川祐太。
僕もオマエに出会えて幸せだ。


2010年2月8日
日高郁人


P.S.2枚目の画像は澤が激写した試合後の僕と吉川の素の姿。
いい写真をありがとう。そして何から何までお疲れさん!
posted by 日高郁人 at 11:43| 日記
spacer.gif